9 ウミガメフーミのものがたり

挿絵31

「うれしいこといかばかりか、また顔を合わせられるとは、なつかしいことよの。」と御前さまはなれなれしくアリスのわきにうでを通してきてね、ふたりは連れだって歩き出すことに。
 アリスも御前さまのごきげんがよろしいとわかって、とてもほっとしてね、台所で会ったときあんなにつっけんどんだったのも、よもやコショウのせいかなとも思えてきたり。
あたくしが御前さまなら、」とひとりごと(とはいえ現実げんじつにはなれそうにもないけど)「コショウなんて台所に置かせないんだから、ひとつも。なくてもスープはうまくできてよ。たぶんコショウのせいでいつもみんなかっかしてるのね。」と、これは大発見とばかりにしたり顔、そのあと、「それから、おすのせいでみんなしかめっ面――カモミールのせいでしぶい顔――黒アメとかあああいうのがあれば子どももほころび顔。そこのところみんなわかってくれたらいいのに。そうしたらみんなアメを出しおしみしないようになって、ほら――」
 ここまで来ると御前さまのことなんかすっかりどわすれ、そこへその声が耳元で聞こえたものだから、ちょっとびくっとしちゃってね。「何か考えごとかえ、おまえさん、それでおしゃべりはおそろかと。そんなそちにぴったりの教えは、今はうまく出てこんが、まあそのうち思い出そうて。」
「たぶんそんなのなくてよ。」とアリスは思いきって口答え。
「ちっ、ちっ、子どもよの!」と御前さま。「何にでも教えは見いだせるものじゃ、気づきさえあればな。」とお話のあいだアリスに体をべたべたくっつけてね。
 相手が近すぎるのがアリスはあんまりうれしくなくってね、だってなにより御前さまのお顔はほんとにぶさいくだし、それからアリスのかたの高さが、あごをのせるのにちょうどいいみたいで、しかもそのあごは気持ち悪いことにとがってると来た。とはいえ無礼なことはしたくなかったので、できるだけがまん。
「ゲームは今そこそこうまく行ってるみたいね。」と、もうちょっと会話を続けてみる。
「うむ。」と御前さま。「そしてそこから学べる教えとは――『おお、それこそ愛、愛こそが世をうまくめぐらせる!』」
「どなたかによれば、」とつぶやくアリス、「それって、みんながひとにちょっかい出さなければの話じゃなくて?」
「おお、さよう! つまりはまさしくそういうこと。」と言いつつ御前さまはアリスのかたに、とがったあごをぐりぐりぐり、たたみかけるように「そしてそこから学べる教えとは――『意味が決まれば自ずから言の葉も決まる。』」
「何からでも教えに気づきたがるおひとってわけね。」とひとり思うアリス。
「みなまで言うな、そちはこう思うのじゃろ、わらわがどうしてこしに手を回さんかと。」とほざく御前さま、ちょっと間をあけて、「そのわけは、そちのフラミンゴがやにわにあばれんかとあやぶんでおるからじゃ。ためしてもよいかの?」
「たぶんかみついてよ。」と身がまえるアリス、そんなのたまったもんじゃないからね。
「それもそうじゃの。」と御前さま。「フラミンゴもからしも、やられればひりひりする。そこから学べる教えとは――『類るいは友をよぶ。』」
「でも、からしは生き物じゃなくてよ。」とつっかかるアリス。
「うむ、ふつうはな。」と御前さま。「なんとはっきりものを言うやつじゃ!」
「なら石とか岩ね、たぶん。」とアリス。
「むろんそうとも。」とほざく御前さまは、アリスの言うことなら何でもうなずいていくご様子。「ここほど近くの山にも、からしがたくさんうまっておる。そしてそこから学べる教えとは――『うまればうまるほどうまくなる。』」
「あ、わかった!」とさけぶアリス、相手の決めぜりふなんて聞いちゃいない。「野菜やさいね、それっぽくはないけど、きっとそう。」
「そちの言うとおり。」と言い出す御前さま。「そしてそこから学べる教えとは――『そう見えるのならそうなのだ。』――すなわちさらにわかりよう言えば――『おのれのことを、ひとの目にうつるものとはちがうなどとは思わんこと、かつてそうであった、そうであったかもしれない、事実そうであったおのれとはちがうなどとは、それもまたひとの目にはちがってうつるのだから。』」
「たぶん、書き起こしたものがあれば、」とまじめに取り合うアリス、「もっとよくわかると思うんだけど。おっしゃってること、ちょっとついていけなくてよ。」
「こんなもの、ものは言いよう、大したことない。」と返す御前さまはごまんえつ。
「ならもうわざわざしていただかなくてけっこう!」とアリス。
「そんなわざわざだなんて!」と御前さま。「これまでの言葉をみな、そちに進ぜよう。」
「やっすいおくりものね!」と思うアリス。「みんながたんじょう日プレゼントにこんなのくれなくてよかった!」でも思い切って声に出すことはできずじまい。
「また考えごとかえ?」とたずねてくる御前さまのとんがったあごがまたつきささる。
「あたくしだって考えごとしてしかるべきよ。」とつんつん言い出すアリス、だってちょっとわずらわしく思えてきたものだから。
「しかるべきじゃとも、」と御前さま、「ブタが空を飛ぶくらいには。そしてそこからま……」
 ところがここで、アリスもほんとにびっくり、御前さまの声がとぎれてね、大好きな「学べる教え」という言葉を言いかけたところだったのに、組んでたうでもぶるぶるしだして。アリスが顔を上げると、なんとクイーンが自分たちの前に立ちはだかってうで組み、おまけに雷雨のごとくけわしいお顔。
「お日がらもよく、クイーンさま。」と切り出す御前さまの声はか細く小さい。
「よいか、よおく聞くがいい。」と大声のクイーン、話しているあいだもどんどん足ぶみ。「この場からそなたがのうなるか首がのうなるか、いずれがよい? たった今よりすぐさまだ! さあ決めろ!」
 決めた御前さまは、ただちにいなくなった。
「さてゲームの続きよの。」とアリスに言うクイーン。アリスもこわくてこわくて何も言い出せなくて、とりあえずそうろっとうしろからついていってクローケー場に。
 残ってやってたひとたちもみんな、クイーンがいないのをいいことに、かげで一休みをしていてね。ところがすがたが見えたもんだから、とたんにあわててゲームにもどる、クイーンはただ、少しでもおくれたら、きさまらの命はないぞと言うばかり。
 みんながやってるあいだも、ずっとクイーンはやってるひとたちみんなとの口げんかをやめなくて、「あの男の首をちょん切れ!」とか「あの女の首をちょん切れ!」ってわめくばっかり。言いわたされたやつはみんな、強者にしょっぴかれていくから、そうなるともちろん玉くぐらせの役ができなくなるわけで、そんなこんなで30分かそこらもたつと、残ったのはキングとクイーンとアリスだけで、あとはみんな処けいを言いわたされてしょっぴかれてしまった。
 そこでクイーンも手をとめて、ぜえはあ言いながら、アリスに一言、「そちはもうウミガメフーミに会うたか?」
「いいえ。」とアリス。「そもそもウミガメフーミが何だかぞんじませんし。」
「ウミガメフーミスープのもとになるものよの。」とクイーン。
「そんなの見たことも聞いたこともなくてよ。」とアリス。
「ならばこちへ。」とクイーン、「さすれば本人がいわれを教えてくれよう。」
 いっしょになってそこをはなれるとき、アリスの耳へ、キングがその場のみんなにかける声がかすかに、「このたびはみな大目に見る」って。「はあ、ほっとしてよ!」とひとりごと、だってクイーンが処けいをたくさん言いつけてかなり気を落としていたからね。

挿絵32

 まもなく行き当たったのが1ぴきのグリフォン、日なたですやすやねていてね(グリフォンがどんなのか知らないなら、さし絵をごらん。)「起きよ、なまけもの!」とクイーン、「この姫君ひめぎみをウミガメフーミのところへあないして、いわれを聞かせてやれい。わらわはもどって、言いつけておいた処けいを見とどけねばならん。」とはなれていって、ひとり残されたアリスとグリフォン。アリスはこの生き物のつらがまえがそこまで気に入ったわけではないんだけど、考え合わせてみると、そいつとここにいても、あのぷんすかクイーンについていくのも、どっちでもあぶないのはどうも変わりなさそうだから、じっとしてたんだ。
 身体を起こしたグリフォンが目をこすって、そのあと見えなくなるまでクイーンをまじまじ。そのあとふくみ笑い。「けっさくでい!」とグリフォンは、ひとりごと半分でアリスに言う。
「けっさくって、何が?」とアリス。
あの女さ。」とグリフォン。「みんなあいつの思いこみでい、だれひとり処けいなんてされねえってことよ。こっちだ!」
「ここの方々『こっちだ』ばっかり。」と思いつつもアリスはそいつにゆっくりついていく。「生まれてこのかた、そんなふうに言いつけられたこと、なくてよ、なくってよ!」
 歩いてほどなく遠くに見えてくるウミガメフーミ、いわおの小さなでっぱりに、ひとり悲しそうにこしかけていてね、近づくにつれ聞こえてくるそのため息、まるでむねがはりさけたみたい。だから心からかわいそうになって、「何が悲しくって?」とグリフォンにたずねたんだけど、グリフォンの答えは、さっきのとほとんど同じような言葉でね、「みんなあいつの思いこみでい、悲しいことなんてべつにありゃしねえ。こっちだ!」
 で、ウミガメフーミのところまでたどりつくと、大きな目をうるうるさせて見てくるわりに、ものも言わない。
「こちらの姫君ひめぎみが、」とグリフォン、「おめえのいわれを知りてえんだとさ。」

挿絵33

「そちらに申します。」とウミガメフーミは、消え入りそうな声で、「おふたかたとも、おすわりくだせえ、しまいまでどうかお静かに。」
 というわけで、こしを下ろして、しばしのあいだ一同だんまり。そこでアリスは考えごと、「始まらないなら、おしまいも何もないんじゃなくて?」でもじっとこらえる。
「昔は、」とついに口を開くウミガメフーミ、ふかいため息ついて、「あっしもまっとうなウミガメでした。」
 そう切り出したあと長い長い間があってね、ときどきグリフォンの「ひっくるぅー」というおたけびがはさまったり、ひっきりなしウミガメフーミのさめざめという泣き声が聞こえたりするくらいで。アリスは立ち上がって「面白いお話ご苦労さま。」と言い捨てそうになるところだったけど、きっと何かあるはずとどうしても思えるのもあって、すわったままだまっていたんだ。
「まだ小せえころは、」とウミガメフーミはおもむろに続きを話し出してね、たびたびまだしゃくり上げたりしながら、「海の学びやに通うたもんで。先生はウミガメのじいさんで――あっしらはよくスッポンと呼んどり……」
「どうしてそんなあだ名になって? ほんとはちがうのに。」と口をはさむアリス。
「まっさらな本は素本すほんと言うだろ。」とウミガメフーミはぷんすか、「あんたほんとににぶいむすめだ!」
「てめえそんな当たりめえのこと聞いてはずかしくねえのか?」とグリフォンが追いうち、そのあとはふたりとももの言わずすわったまま、かわいそうなやつと目を向けてくるので、アリスは穴があったら入りたい気持ちになってきて。やがてグリフォンがウミガメフーミに声をかけてね、「続けろい、こんにゃろ! 日がくれちまう!」するとウミガメフーミはこう言葉をついでいく――
「で、あっしらは海の学舎がくしゃに通うとりました、あんたは信じられんかもしれねえが……」
「できないって言うの?」と口をはさむアリス。
「ああ。」とウミガメフーミ。
「じゃかあしい!」とかぶせるグリフォン。
「とにかく一等の学舎でした――そのはずで、あっしら週日、学校行ってたんですぜ……」
あたくしだって『週日学校』に通ってよ。」とアリス。「そんなのでじまんするつもり?」
「選択せんたくはどうだ?」とたずねるウミガメフーミはちょっぴりそわそわ。
「もちろん、」とアリス、「受けてよ、フランス語に音楽。」
「洗い物はしねえのかい?」とウミガメフーミ。
「するわけないじゃない!」とアリスはぷんすか。
「おお! ならあんたんとこは、ええ学舎じゃねえんで。」とウミガメフーミの口ぶりはたいへんほっとしたようで。「あっしらんとこじゃ、勘定かんじょうの最後にフランス語と音楽と洗い物は『せんたく』てえあったな。」
「べつに必要ないことなくて。」とアリス。「海の底でくらしてるんだもの。」
「まあ、あっしは習うゆとりがなかったもんで。」とウミガメフーミはため息。「普通の科目だけでやした。」
「何があるの?」とくいつくアリス。
「そりゃあ、より方にまき方から始めまして、」と答えるウミガメフーミ、「それから算数を一通りやりまして――わたし算にひっきり算、ばけ算にわらい算。」
「ばけ算だなんて初耳。」と思い切って口に出すアリス。「何それ。」
 グリフォンはびっくり、前足をふたつとも高く上げて、「化け物ってな知らねえか!」とさけんでね。「化粧けしょうってのはわかるだろ、ああ?」
「ええ、」と言うアリスは自信なさげ、「それって――あの――きれいに――化ける――ことでしょ。」
「それで、」と引き取るグリフォン、「化け物のことを知らねえたあ、てめえアホウよ。」
 しょげてしまったアリス、そこからまた何かをたずねる気にもならなくてね、だからウミガメフーミの方を向いて言ったんだ。「ほかに何のお勉強したの?」
「へえ、からっきしを。」と答えるウミガメフーミはひれでひとつずつ科目を数えていってね――「からっきし、こりゃあ昔のも今のもで、それにとばっちり。あとはヨガ倒錯とうさく――ヨガの先生はアナゴのじいさんで、週1でありやす。ヨガの体操でぐるぐるこんがらがって、わけわかんなくなりやす。」
「それってどうやるわけ?」とアリス。
「いや、あっしにゃあとてもとても。」とウミガメフーミ。「身体がかたくて。それにグリフォンのだんなも知りやせんし。」
「ひまがねえもんでな。」とグリフォン。「まあ古文の先生にはついたさ。カニのじいさんよ、そいつは。」
「あっしは行っとりませんが。」とウミガメフーミはため息。「何でも昔の笑ってん語と歯ぎしりや語を教えなさるとか。」
「そうよ、そうともよ。」と今度はグリフォンもため息。そして2ひきの生き物はその前足で顔をおおってね。
「で、1日に何時間くらいあるわけ?」とアリスはあわてて話を切りかえる。
「1日目は8時間、」とウミガメフーミ、「次の日は4時間と続いていくんで。」
「すっごくへんてこりん!」と思わず声に出すアリス。
「そこはそら時間割じかんわりて言うだろう?」と言い出すグリフォン、「日ごと半分に割られていくんよ。」
 これはアリスには思いもよらないことだったので、ちょっと考えてみてから次にはこんなことを言い出してね。「じゃあ割り切れなくなった5日目はお休み?」
「その通りでごぜえやす。」
「でもそれじゃ6日目はどうするの?」とわくわくしながら続けるアリス。
「時間割の話あもういい。」とグリフォンがばっさり割りこんでね。「さあ、この子におゆうぎでも教えてやろうや。」