6 ブタとコショウ

 ものの数分ぼう立ちでおうちをながめて、次に何をしようかと思っているうち、ふいにお仕着せのめし使いが森から走り出てきて――(そいつをめし使いだと見たのはお仕着せすがただったからで、そうでなかったら顔だけではお魚としかわからなかっただろうね)――それからにぎった手の角っこでドアをとんとん。するとドアが開いて、お仕着せのめし使いがもうひとり、丸顔で大きなお目々でカエルみたい。さらにめし使いはふたりとも、見たところ頭に粉こなをふいたくるくるまきのカツラをかぶっているようで。へんてこで一体全体何なのかわくわくしてきてね、森からそろりと少し身を乗り出して耳をすませる。

挿絵19

 お魚めし使いがまずわきから取り出だしたるは大きなお手紙、自分の体と同じほどの大きさで、これを相手に手わたしながら大げさに言うんだ、「御前さまへ。クイーンさまよりクローケーのおさそいなり。」カエルめし使いも同じく大げさにくりかえして「クイーンさまより。御前さまへクローケーのおさそいでありますか。」
 そのあとふたりとも深々おじぎをすると、まきまきカツラがからまりあう。
 アリスは笑い転げてしまってね、さとられたかもと森のなかへかけもどるはめに。そうしてまた顔をのぞかせたときには、お魚めし使いはいなくなっていて、そのお相手がドアわきの地面にすわりこんで、空をぼんやり見つめていてね。
 アリスはおずおずとドアのところへ行って、とんとん。
「ノックをしてもむだであります。」と言うめし使い、「そのわけはふたつ。ひとつは、わたくしめがあなたさまと同じくドアのこちらがわにおりますゆえ。もうひとつは、なかが相当さわがしいので、あなたさまがたたいても、だれにも聞こえちゃおりません。」してみるとたしかに内がわでは今もとてつもない物音がしていて――ひっきりなしにどなる声とくしゃみの音、合間にいちいちがしゃんがしゃん、まるでお皿かやかんが粉々こなごなにわれたみたい。
「それでしたら、」とアリス、「入るにはいかがすれば?」
「そもそもノックしてしかるべきは、」とめし使いはこちらの話も聞かずに続けてね、「おたがいがドアをはさんでいればこその話。たとえばあなたさまが内がわにいて、ノックをしたなら、わたくしめは外へ出してさしあげます。」話しているあいだもずっと空を見上げていたので、アリスにはあからさまにおぎょうぎが悪く思えてね。「でももしややむをえないのかも。」とひとりごちて、「お目々がまさに頭のだいたいてっぺん。それにしても聞いたことに答えてくれてもいいんでなくて。――入るにはいかがすれば?」ともう1度大声。
「わたくしめはじっとここに、」とめし使いの言い分、「明日まで……」
 そのせつな、おうちのドアが開いて、大皿がすれすれを飛んできて、めし使いの頭へまっしぐら。ちょうど鼻をかすめて、後ろの木のひとつに当たって粉々に。
「……いやその次の日まで、か。」と続けるめし使いの話しぶりは、まったく何もなかったかのよう。
「入るにはいかがすれば?」とまたたずねるアリスはさらに声をはり上げていて。
どうしてもなかへ入るのでありますか。」とめし使い。「まずそこのところどうなんです、ほら。」
 言われてみれば。ただアリスもそれだけは言われたくなくって。「なんてはしたない。」とアリスはぶつぶつひとりごと、「そろいもそろってつっかかってくる。頭がおかしくなってもよさそうなものね!」
 めし使いはさきほどの言葉をくりかえすには今しかないと思ったのか、言い方を変えてね。「わたくしめはじっとここに、やすみやすみ、来る日も来る日も。」
「でもあたくしはどうすればよくて?」とアリス。
「お好きにどうぞ。」とめし使いは口笛をふきだして。
「もう、話していてもらちが開かなくてよ。」とやれやれのアリス。「まったくのうすのろね!」そうしてドアを開けてなかへお立ち入り。
 ドアはそのまま台所に続いていてね、もくもくけむりがすみずみまでいっぱい。御前さまはお部屋のまんなか、3本足のいすにこしかけ、赤ちゃんをあやしている。コックが火元にぐっとよって、大きなおなべでなみなみとしたスープをまぜまぜ。

挿絵20

「スープにこんなにコショウ、ぜったい入れすぎ!」アリスのひとりごとも、くしゃみのせいでこれがやっと。
 コショウのひどさたるや、あたりにまんえんするほど。御前さままでときおりはくしゅん、赤ちゃんはというと、ひっきりなしにかわるがわるくくしゅんおぎゃあ。台所にいてくしゃみをしていないのはただふたり、コックと図体のでかいネコ、そのネコは火元のそばに丸まって、耳にとどきそうなくらいにこにこ愛想あいそたっぷり。
「ごめんください、」とおそるおそるのアリス、そのわけはおぎょうぎとして、自分から話しかけていいものか自信がなかったから、「このネコちゃん、どうしてこんなに愛想がよろしいの?」
「こやつはチェシアのネコ、」と御前さま、「ゆえにな。ブタめ!」
 しめにいきなりきつい言葉がでたので、アリスはもうとびあがってね、でもそのあとすぐ自分でなく赤ちゃんに向けたものとわかったから、気を取り直してまた話の続き。
「なるほどチェシアのネコは愛想あいそよしってわけ。まさかネコがこんなに愛想よくできるなんて。」
「みなできおる、」と御前さま、「大半がそうしおる。」
「思いもよらなくてよ。」とアリスは取りつくろうものの、実はお話できたのがたいそううれしくって。
「そちがものを知らぬだけ、」と御前さま、「世のことわりじゃ。」
 アリスもそんなふうに言われるのは気に入らなくて、何かべつの話をふった方がいいと思ってね。何かと決めかねているうちに、コックはスープのおなべを火から外すと、いきなりあたりのものを手当たり次第に御前さまと赤ちゃんに投げつけだしてね――火元の金具がまず飛んできて、そのあと続いて小なべやお大皿小皿が雨あられ。御前さまは自分に当たっても気にするそぶりさえなくって。赤ちゃんはずっとひどいくらいに泣きわめいてるから、ぶつかって痛いたいのか痛いたくないのかもよくわからない。
「ねえ、いいかげん気にしたらどうなの!」と声をはりあげるアリス、やきもきしてぴょんぴょん、「ほら、その子の大事なお鼻が!」そのときばかでかいシチューなべがぎりぎりのところに飛んできて、あわや鼻を持っていくところ。
「みながひとにちょっかい出さぬようになれば、」と御前さまはガラガラ声でうなってね、「世の中は今よりずいぶん早く回ろうというのに。」
「そんなことのどこがいいの。」とアリスは知恵ちえをひけらかすなら今だと得意満面とくいまんめん。「考えてもみて、そんなことをしたら昼と夜がどうなるか! いいこと、地球は自転するのに24時間ちょっきり……」
「ちょっきりとな、」と御前さま、「こやつの首をちょっきりだ!」
 アリスはそわそわとコックに目をやってね、そのひとがまさか言うとおりにはと様子をうかがったんだけど、コックはせわしなくスープをかきまぜるばかりで、話を聞いていたそぶりもないから、また口を開いて、「24時間、かな? あれ12時間? えーと……」
「ああ、だまらっしゃい!」と御前さま。「数字なぞいらいらする!」そうしてさらにはまた子どもをあやしだして、それらしく子守歌みたいなのをうたうんだけど、1ふしごとにきつくゆすってね――

「小さな子どもはどやしつけろ
  くしゃみをしたらぶったたけ
 そいつはただのいやがらせ
  わかってやってる、このクソガキァ」

コーラス(コックと赤子がいっしょになって)
 「わう! わう! わう!」

 御前さまが2つめのふしをうたっているあいだなんか、赤ちゃんをあらあらしく上へ放り投げるわ、かわいそうに赤ちゃんは泣きわめくわで、アリスには歌詞かしが大半聞き取れなくて――

「わが家のガキにはしかりつける
  くしゃみをしたらぶったたく
 放っておけばそのうちに
  コショウだって楽しみやがる」

コーラス「わう! わう! わう!」
「ほれ! よければちょっとあやしてみるがよい!」と御前さまはアリスに言って、しゃべりきらないうちに赤ちゃんを放り投げてくる。「わらわはそろそろクイーンさまとのクローケーのしたくじゃ。」と部屋をいそいそと出てゆく。去りぎわにコックが後ろからフライパンを投げつけたけど、ねらいは外れてね。
 アリスがなんとか赤ちゃんを受け取ると、このけったいななりをした小さな生き物は手足を四方八方広げたので、「ヒトデみたい。」と思うアリス。かわいそうにこの小さいのは、受け取ったときには汽車のように鼻からぶーと湯気を出していて、やたら身をくねらせたりそりかえったりしたので、とにかくまずものの数分はかかえるだけでせいいっぱい。
 ちゃんとあやすコツ(むすび目を作るみたいにねじって右の耳と左の足をぐっとおさえてほどけないようにすること)がわかるとすぐに、かかえたまま表に出てね。「あたくしがこの子を連れ出さなければ、」と思うアリス、「ものの数日できっと殺ころされてしまってよ。置き去りにするなんて人殺ひとごろしも同然どうぜんじゃなくて?」おしまいのところはもう声にも出ていて、小さいのも何かぐずっていて(このときにはくしゃみもおさまっていてね)。「ブーブー言わないの、」とアリス、「ものを言いたいのならちゃんとはっきり。」
 赤ちゃんはまたもやブーブー、そこでアリスはいぶかしげに顔をのぞいてね、何かあったのかと思って。するとどこからどう見ても、そこにあるのはまさしく上向きの鼻、人の鼻というよりはもうブタの鼻、しかも目は赤ちゃんにしてはひどく小さくなっていて、とにかくアリスはそいつの面つらがまったく気に入らない。「でもめそめそしてるだけかも。」と考えて、また目をのぞいて、なみだがないかたしかめてみる。
 ない、なみだなんかちっとも。「ブタになったりしたら、まったく、」とアリスは真顔、「こんりんざいかまってあげなくてよ。めっ!」かわいそうにその小さいのはまたもや泣いて(というかブーブー、と言っていいものやら)、しばらくは何も言わずに進んでいってね。
 アリスの頭にはよぎりはじめていたことがあってね、「ところでこの生き物をうちにつれかえって、あたくしはどうしようっていうのかしら。」するとそのときまたブーブーとうるさくするので、顔をのぞきこんでちょっとびっくり。今度はもう見まちがいのしようがない、どこからどこまでもまったくのブタ、そうなるともはやつれていくのもとってもばからしくなってきてね。

挿絵21

 そこでその小さい生き物を下ろして見守っていると、そそくさとっとこと森へ入っていったので、すごくほっとしてね。「大きくなったら、」とひとりごと、「ものすごくぶっさいくな子になりそうだったけど、ブタならちょっとはかっこよくなる、かも。」そうして今度は自分の知り合いのなかでもブタとしてならやっていけそうな子を思いうかべながら、ひとりごとを言おうとしてね、「ちゃんと化けるやり方を知ってたなら……」とちょうどそのとき、ちょっとびくっとしてね、目の前で、チェシアネコが数メートル先の木の大枝にちょこんといたんだ。

挿絵22

 ネコは愛きょうよくにんまりするだけで、じっとアリスを見つめる。愛想のいいネコ、と思ったアリス。
 しかもほんとに長いツメと、りっぱな歯がずらりとあるものだから、下手に出なければという気になってね。
「チェッシャにゃん。」とちょっぴりおずおずよびかけてね、だってそのよび方が相手のお気にめすかさっぱりわからなかったから。ところが向こうはさらにちょっとにやっとするだけ。「ふう、とりあえず気げんはいいみたい。」と思ったアリスは言葉を続けてね。「教えてくださいませんこと? ここからどちらに行った方がよろしくて?」
「そいつはやっぱりお前の行きたいところ次第だにゃ。」とネコ。
「べつにどこでもよくてよ……」とアリス。
「にゃら、どこへにゃりとも行けばいい。」とネコ。
「……ちゃんとどこかへたどりつけるなら。」とアリスは付け足しの言いわけ。
「そりゃそにょくらいできるとも、」と言うネコ、「それにゃりに歩けば。」
 アリスはたしかにもっともだと思ったので、今度はべつのことを問いかけてね。「このあたりには、どんなひとがお住み?」
あっちの方にゃ、」とここでネコは右の肉球をぐるっとふってね、「ぼうし屋が住んでる。そんであっちの方にゃ、」と今度は左の肉球をふって、「ヤヨイウサギ。好きにゃ方に行け。どっちもおかしにゃやつだ。」
「でも、おかしなひとのところに行くのはごめんでしてよ。」と言い出すアリス。
「まあ仕方のにゃいこと。」とネコ。「ここじゃみんなおかしいにゃ。にゃあも、お前も。」
「あたくしがおかしい? どうして?」
「そりゃそうにゃ、」とネコ、「でにゃきゃこんにゃとこに来ない。」
 アリスはものも言いようだと思ったけど、とりあえず続けてね、「じゃあ、あなたがおかしいっていうのは?」
「まずもって、」とネコ、「犬はおかしくにゃい。これはいいにゃ?」
「まあそうね。」とアリス。
「にゃらわかるにゃ、」とたたみかけるネコ、「犬はおこるとうにゃって、うれしいとしっぽをふる。にゃのに、おいらはうれしいとうにゃるし、はらが立つとしっぽをふる。にゃから、おいらはおかしい。」
「それって、うなるじゃなくて、のどを鳴らすってことじゃにゃいの?」とアリス。
「どう言ってもおにゃじこと。」とネコ。「今日はクイーンとクローケーするんにゃにゃいのか?」
「ぜひやってみたくてよ。」とアリス、「でもおさそい受けてないし。」
「ではまたそこで。」と言うなりネコはぱっと消える。
 アリスはこんなことにはもうわりと平気で、けったいなことが起きるのもなれっこ。それでもネコのいたところをじっと見ていたんだけど、するとまたぱっと出てきてね。
「ところで、赤んぼはどうにゃった?」とネコ。「聞くのをうっかりしてたにゃ。」
「ブタに化けてよ。」と事もなげに答えたアリスには、もうネコがもどってきたのも当たり前みたいで。
「そうにゃろうと思った。」と言ってネコはまた消える。
 アリスはどうせまた出てくると思ってしばらく待ったんだけど、どうも出てこないので、ものの数分するとヤヨイウサギが住んでると言われた方へと進み出してね。「ぼうし屋は見たことあるから、」とひとりごと、「ヤヨイウサギの方がきっともっとずっと面白いはず、でもまあ今は5月だから、そこまでおかしくはないかも――少なくとも3月ほどおかしくないかな。」こう口にしながら見上げると、なんとそこにはまたネコが木の枝にちょこん。
「『ブタ』にゃっけ、『ブナ』にゃっけ?」とネコ。
「だから『ブタ』。」と答えるアリス、「あの、そんなむやみやたらにぱっと出たり消えたりしないでいただけて? ひどくめまいがしてよ。」
「にゃるほど。」というネコ。なので今度はきわめてゆっくりと消えることにしてね、しっぽの先からじんわりと、おしまいには愛想あいそだけが本体が消えたあとにもなごりとしてしばらくあって。

挿絵23

「まあ! 愛想なしのネコならよく見るけど、」と思うアリス、「ネコなしの愛想だなんて! 生まれてこのかたこんなへんてこなこと見たのはじめて!」
 そんなに歩くわけでもなくすぐにヤヨイウサギのおうちが目に入ってくる。そのおうちにちがいないと思ったのは、えんとつが耳みたいな形で、屋根が毛なみふわふわだったから。大きなおうちだったので、はじめは近よりたくなかったけど、とうとう左手にあったキノコのかけらをもうちょっとかじって、背たけを60センチくらいに上げてね。そのあとでも近より方はこわごわで、ひとりごと、「やっぱりめちゃくちゃおかしかったらどうしよう! こっちじゃなくぼうし屋の方に行けばよかったかな?」